グ・ラハの財布は年季が入っていてボロボロであった。
冒険者がそれに気がついたのは、オールド・シャーレアンのアゴラでトラル大陸に渡るために必要なものを買い出ししている時だった。グ・ラハは『オレも面白い本がないか見に行きたいから』と冒険者に同行しており、彼が本を買う際に出した財布にふと目がいったのだった。
ところどころ表面が破れ、繊維が剥き出しになっていた。留め具も外れかけている。
思わずその財布はいつから使っているのか尋ねてみると、子供の頃ガラフに買ってもらったものをずっと使っているとのことだった。
「ちょっと古くなっても壊れた訳じゃないから、新しいのを買って欲しいっていうのも気が引けてさ……」
自ら収入を得られるようになった後もアラグ研究に没頭していて、買い換えは頭になかったという。
そして原初世界へ帰還した後もバタバタしていたから、身の回りのものはタタルに作ってもらったもの以外、基本的に眠る前のものをそのまま使っているのだとグ・ラハは笑いながら答えた。
買い物を終えグ・ラハと別れた後、冒険者は思考を巡らせた。
彼に新しい財布を贈りたい。どのようなものが喜ばれるだろうか?
グ・ラハは身軽で、あまり荷物を持たない。懐にさっと入れられて、丈夫なものが良いだろう。
市場を探し回るより、自分で作ってしまった方が早いと思った。
冒険者は天の果てから帰還した後、空いた時間で革細工や彫金の技術を学んでいた。性に合っていたのか修得は早く、技術力についてはすでにギルドマスターから太鼓判を貰っている。
人に頼まれてモノを作ることはあったが、自分から誰かのことを想い浮かべながら作るのは初めてだった。
たまにはこういうのも悪くない、と冒険者は胸の奥に暖かさを覚えた。
革細工ギルドへ行き、要件に合う革と製法の情報を仕入れる。
結果、手のひらに収まるような折り畳み財布を作ることにした。
また、冒険者のために躊躇なく大枚をはたいてしまうグ・ラハに少しでも良いことがあるようにと、金運上昇の効果があると伝えられている小さな宝石を留め具にあしらおうと決めた。
冒険者は自らの手で素材を調達し、製作を行った。革はもちろん宝石に加工するための原石も自分で掘り当て、カッティングを行う。
素材は流通している品を購入しても良かったが、すべて自分の手作りでやりたいという想いがあった。
第一世界にいた時、彼にサンドイッチを作ってもらったことがある。
はじめは、誰が作ったのかわからなかった。
非常に美味しかったので、冒険者は調理したのは誰かと水晶公に尋ねた。彼は『彷徨う階段亭で作ってもらったのだ』と事も無げに答えた。
冒険者はそれを信じマスターへ礼をしに行ったところ、『あれは水晶公がうちの厨房を使って作ったものだ』と真相を明かされた。
本当のことを言わなかったのには彼なりの気遣いがあったのだろう、と冒険者はそのことを胸にしまっていたが、何か返したいとずっと考えていたのだった。
そうして、贈り物は完成した。
冒険者は足早にオールド・シャーレアンのバルデシオン分館へと向かう。メシでもどうだとグ・ラハを誘い、ラストスタンドへ連れ立った。
昼食を済ませ一息ついたところで、冒険者は小箱に入れた財布をグ・ラハの前に差し出した。
「お前、財布ボロボロだっただろ。最近革細工始めたから、ちょっと作ってみたくなってな」
グ・ラハは口をぽかんと開けたあと、耳と尾と手をぷるぷると震わせながら小箱の蓋を開けた。
臙脂色で柄のない、シンプルな財布がグ・ラハの手にすっぽりと収まった。留め具に嵌め込まれている透き通った黄金色の宝石がきらりと光る。
グ・ラハが財布を開いたり閉じたりしながら早口で褒め言葉を並べたてるのを、冒険者は満足そうに眺めていた。グ・ラハの目を惹く髪と瞳の紅には、彼の愛読書である蒼天のイシュガルドの表紙を思わせる財布の臙脂がよく似合っている。
「ずっと大切に使うからな……!」
「いや、ずっと使わなくていい。ボロボロになったらまた作るからさ。その時は遠慮なく言ってくれ」
グ・ラハは目を大きく見開き、泣きそうにくしゃりと顔を歪めたあと、『ありがとう』と笑った。
冒険者がそれに気がついたのは、オールド・シャーレアンのアゴラでトラル大陸に渡るために必要なものを買い出ししている時だった。グ・ラハは『オレも面白い本がないか見に行きたいから』と冒険者に同行しており、彼が本を買う際に出した財布にふと目がいったのだった。
ところどころ表面が破れ、繊維が剥き出しになっていた。留め具も外れかけている。
思わずその財布はいつから使っているのか尋ねてみると、子供の頃ガラフに買ってもらったものをずっと使っているとのことだった。
「ちょっと古くなっても壊れた訳じゃないから、新しいのを買って欲しいっていうのも気が引けてさ……」
自ら収入を得られるようになった後もアラグ研究に没頭していて、買い換えは頭になかったという。
そして原初世界へ帰還した後もバタバタしていたから、身の回りのものはタタルに作ってもらったもの以外、基本的に眠る前のものをそのまま使っているのだとグ・ラハは笑いながら答えた。
買い物を終えグ・ラハと別れた後、冒険者は思考を巡らせた。
彼に新しい財布を贈りたい。どのようなものが喜ばれるだろうか?
グ・ラハは身軽で、あまり荷物を持たない。懐にさっと入れられて、丈夫なものが良いだろう。
市場を探し回るより、自分で作ってしまった方が早いと思った。
冒険者は天の果てから帰還した後、空いた時間で革細工や彫金の技術を学んでいた。性に合っていたのか修得は早く、技術力についてはすでにギルドマスターから太鼓判を貰っている。
人に頼まれてモノを作ることはあったが、自分から誰かのことを想い浮かべながら作るのは初めてだった。
たまにはこういうのも悪くない、と冒険者は胸の奥に暖かさを覚えた。
革細工ギルドへ行き、要件に合う革と製法の情報を仕入れる。
結果、手のひらに収まるような折り畳み財布を作ることにした。
また、冒険者のために躊躇なく大枚をはたいてしまうグ・ラハに少しでも良いことがあるようにと、金運上昇の効果があると伝えられている小さな宝石を留め具にあしらおうと決めた。
冒険者は自らの手で素材を調達し、製作を行った。革はもちろん宝石に加工するための原石も自分で掘り当て、カッティングを行う。
素材は流通している品を購入しても良かったが、すべて自分の手作りでやりたいという想いがあった。
第一世界にいた時、彼にサンドイッチを作ってもらったことがある。
はじめは、誰が作ったのかわからなかった。
非常に美味しかったので、冒険者は調理したのは誰かと水晶公に尋ねた。彼は『彷徨う階段亭で作ってもらったのだ』と事も無げに答えた。
冒険者はそれを信じマスターへ礼をしに行ったところ、『あれは水晶公がうちの厨房を使って作ったものだ』と真相を明かされた。
本当のことを言わなかったのには彼なりの気遣いがあったのだろう、と冒険者はそのことを胸にしまっていたが、何か返したいとずっと考えていたのだった。
そうして、贈り物は完成した。
冒険者は足早にオールド・シャーレアンのバルデシオン分館へと向かう。メシでもどうだとグ・ラハを誘い、ラストスタンドへ連れ立った。
昼食を済ませ一息ついたところで、冒険者は小箱に入れた財布をグ・ラハの前に差し出した。
「お前、財布ボロボロだっただろ。最近革細工始めたから、ちょっと作ってみたくなってな」
グ・ラハは口をぽかんと開けたあと、耳と尾と手をぷるぷると震わせながら小箱の蓋を開けた。
臙脂色で柄のない、シンプルな財布がグ・ラハの手にすっぽりと収まった。留め具に嵌め込まれている透き通った黄金色の宝石がきらりと光る。
グ・ラハが財布を開いたり閉じたりしながら早口で褒め言葉を並べたてるのを、冒険者は満足そうに眺めていた。グ・ラハの目を惹く髪と瞳の紅には、彼の愛読書である蒼天のイシュガルドの表紙を思わせる財布の臙脂がよく似合っている。
「ずっと大切に使うからな……!」
「いや、ずっと使わなくていい。ボロボロになったらまた作るからさ。その時は遠慮なく言ってくれ」
グ・ラハは目を大きく見開き、泣きそうにくしゃりと顔を歪めたあと、『ありがとう』と笑った。