血のまぼろし



2024-09-17 11:28:37
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 グ・ラハは子供の頃、他人には見えないものが視えていた。
 それを周りに話すと、気味が悪いと疎まれた。
 コルヴォのものではない服を着た、知らない人々。アラグ研究を始めてから、子供の頃に視えていた彼らはアラグ帝国の民であると知った。
 ドーガとウネから皇血の力を受け継ぎ、あの幻は継承されてきた記憶が不意に再生されていたのだと理解した。
 
 クリスタルタワーの封印が解かれ、グ・ラハが第八霊災が起きた未来で目覚めてからのこと。
『蒼天のイシュガルド』を読み終えたグ・ラハは、ビッグスⅢ世に頼み込んでイシュガルドを訪れていた。
 周辺ではまだ紛争が続いている。
 それでも、冒険者が名を残した彼の地へ行きたいという気持ちを抑えることができなかった。
 あこがれの地は、廃墟と化していた。
 荘厳な石造りの建物は見る影もなく、見渡す限り瓦礫の海だ。ビッグスⅢ世から話は聞いていたが、目の当たりにすると胸が詰まり、息ができなくなる心地がした。
「なにか、なにか残ってないのか……?」
 街が健在だった頃の品を探して、グ・ラハは手が傷だらけになるのも気にせず瓦礫をかき分ける。
 しばらくそうしていると、ビッグスⅢ世の大声が後ろから飛んできた。
「危ない!」
 爆撃だった。魔法なのか、兵器によるものなのかは分からない。グ・ラハの小柄な身体は爆風に巻き上げられ、降りつもった雪の上にどさりと落ちた。
 痛い。苦しい。冷たい。
 徐々に手足の感覚が薄れ、視界が暗くなっていく。このまま意識を手放せば、楽になれる。
 生を諦めかけた時、グ・ラハの眼の前で星が煌めいた。
 冒険者だ。
 クリスタルタワーを共に駆けた時と変わらぬ姿で、横たわるグ・ラハを見おろしている。
 これは自分の記憶が見せている幻だ。
 それでも、生への執着を蘇らせるには充分だった。彼の姿を視て熱せられた血が、全身を巡る。冷えきっていた身体に火が灯る。
 冒険者はくるりと背を向け、軽やかに駆けていく。
 その背中に追いつきたくて、グ・ラハは気力を振りしぼり、雪の上を這った。
 そうして進んだ先で捜索に来たビッグスⅢ世たちと合流し、一命を取りとめることができた。
 
 それからもグ・ラハが挫けそうになると、決まって冒険者の姿が眼前に現れた。その度に自分の使命と願いを思い出し、前に進むことができた。
 クリスタルタワーをめぐる冒険の記憶は、百年の時を経ても、まるで昨日のことのように思い出すことができる。
 他の記憶も同様だ。第一世界への旅立ちを見送ってくれたガーロンド・アイアンワークスの人達の顔、罪喰いの襲撃から守れずに散っていった民の姿、幼い頃のライナに読み聞かせをしていた穏やかなひと時。
 哀しい記憶も、幸福な記憶も、決して褪せることなく鮮やかに眼前で再生される。風化しないのは、記憶継承術による影響なのだろう。
 この身に流れる血は、呪いであり祝福であった。
 
 冒険者の召喚に成功しクリスタリウムの街を案内した後、グ・ラハは深慮の間に身を隠した。
 扉を閉じた途端にどっと体の力が抜け、ひんやりとした床にへたり込む。
「はは………ここからだというのに、情けない」
 冒険者の召喚がゴールではない。本番はこれからなのだ。
 第一世界を救い、彼に命を届ける。そして、自分は――
 光を引き受けて散る間際、眼前に現れるのはどの記憶になるだろう。グ・ラハは上を向いて目を閉じ、深く息を吸った。
 今の冒険者の姿が浮かぶ。
 共に冒険をした頃より髪は伸び、無精髭をたくわえていた。少しやつれていたが、空色の瞳の輝きは当時となんら変わりなかった。クリスタリウムの街を興味津々で見回す様子が、冒険好きな彼らしい。
 限られた時間の中であっても、冒険者に関する記憶はこれまでとは比べものにならないくらい増えていくだろう。
 グ・ラハは目を細めて小さく笑う。
 そして水晶公の顔に戻り、深慮の間をあとにした。(了)

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